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東京高等裁判所 昭和50年(う)2495号 判決

本店所在地

東京都豊島区東池袋一丁目一一番四号

三和開発株式会社

右代表者代表取締役

山中信男

本籍

東京都墨田区菊川三丁目一六番地

住居

埼玉県富士見市関沢二丁目一八番二〇号

会社役員

山中信男

昭和一三年九月五日生

右両名に対する各法人税違反被告事件について、昭和五〇年一〇月二四日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名の弁護人犀川季久から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官水原敏博出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人三和開発株式会社に関する部分を破棄する。

被告人三和開発株式会社罰金一、二〇〇万円に処する。

被告人山中信男の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人三和開発株式会社(以下被告会社という。)および被告人山中信男(以下被告人という。)の弁護人犀川希久提出にかかる控訴趣意書、同補充書(二通)に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官栗田昭雄提出にかかる答弁書に記載されているとおりであるから、これらを、ここに引用する。

所論は、要するに、被告会社を罰金一、五〇〇万円に、被告人を懲役一〇月(二年間刑の執行猶予)に処した原判決の量刑は、重きに過ぎ不当である、というのである。

そこで、所論に徴し、記録を精査し、当裁判所における事実取調べの結果をも併せ検討し、これらにより認められる諸般の情状、とくに、本件は、「土地ブーム」の波に乗つて営業成績が急上昇し、多額の収入を得た被告会社の法人税を免れようと企てた同社の業務統括者たる被告人が、売上の一部を除外し、架空造成費を計上するなどの不正の方法によつて被告会社の所得を秘匿して虚偽過少の申告をなし、原判示のごとく昭和四七年、四八年の二事業年度にわたり、合計七、一八三万円余の法人税をほ脱した事案であつて、その犯行の態様、ほ脱規模の大きいこと、被告人は、昭和四八年八月期の被告会社の所得申告に当つて、当時、同社の経理事務を担当していた遠藤新一に対し、同社の所得金額を二、〇〇〇万円ないし三、〇〇〇万円位に納まるように指示していたことなどを考えると、被告会社ならびに被告人の刑責は軽視し得ないというべく、とくに、被告人に関しては、所論指摘の後記有利な又は同情すべき事情をしん酌しても、同人に対する原判決の量刑が重きに過ぎ不当であるとは認められない。

しかしながら、被告会社につき、さらに検討してみると、同社においては、前記遠藤新一によつて昭和四八年五月ころから昭和五〇年七月ころまでの間、多数回にわたり、合計二億円余にのぼる売上金等を横領され(ただし、本件事業年度内における横領金額は合計一一九万八、〇〇〇円であつた)、右事実が原判決後被告人らに覚知されたことをもつて被告人の本件ほ脱の故意の強弱に直接影響を及ぼすものではないとしても、その蒙つた被害は大きく被告会社に同情すべきところであること、本件二事業年度にわたる被告会社の所得については、本件発覚後被告人らにおいて所得の修正申告をなし、修正法人所得に対応する法人税額はもとより、重加算税、延滞税を全額国税当局に納付していること、その他所論の指摘する被告会社にとつて有利な事情を総合すると、被告会社に対する原判決の量刑は重きに過ぎ不当であると認められる。

以上によれば、被告人の本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却することとし、被告会社の本件控訴は結局理由があるから同法三九七条、三八一条により原判決中被告会社に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により被告会社に対する被告事件につき、さらに判決する。

原判決が適法に確定した事実に、原判決と同一の法令を適用、処断した罰金額の範囲内で被告会社を罰金一、二〇〇万円に処することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 長久保武 裁判官 中野久利)

○ 昭和五〇年(う)第二四九五号

控訴趣意書

被告人 三和開発株式会社

同 山中信男

右両名に対する法人税法違反等被告事件について、弁護人の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五一年一月一二日

右被告人両名弁護人

弁護士 犀川季久

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決の量刑は、原判決後に判明した次の事情を考慮すると明らかに不当である。

第一、原判決後、本件公訴事実第二、の昭和四八年八月決算の法人税申告書作成、提出者である被告人会社の経理課長遠藤新一が、被告人会社のほ脱額をはるかに上まわる金額を横領していた事実が明らかとなつた。

一 弁護人は、原審において、本件脱税事件のほ脱行為(実行行為)についての情状として、二重帳簿の作成その他故意に脱税工作をしたというような計画性は全くなく、被告人山中信男には、本件法人税のほ脱の犯意は極めてうすい旨力説した。

三和開発株式会社は、土地取引を昭和四五年より始め、当時の土地ブームにのつて急成長した会社である。このことは公訴事実第一の昭和四七年度と第二の昭和四八年度の所得を比較して見ただけでも判る。

被告人山中信男は、公訴事実第二の昭和四八年度においてこれ程多額な所得があつたとは本当にわからなかつた。

弁護人との再三の打合せでも、同被告人は「七千万円以上脱税した計算になるそうだが、会社資産としては全く残つていないのが、どうしても不思議だ」と繰り返し語つていたのである。

原審公判廷においても、被告人山中は「所得がこれ程多額だと思つていませんでした」と述べ、検察官の「七千万円余も脱税して、良心の痛みを感じなかつたか」との質問に対しても「数字が判つていればそうなのですが………」と述べ、自分自身で不思議で仕方がなかつたのである。

原審弁論要旨第二の二で述べたように、捜査官に対して敢えて述べなかつた経費(村のボスやブローカーに対する裏金)が相当あるが、それを差引いても被告人は起訴状記載の如き多額の所得があつたとはどうしても最後まで信じることが出来なかつたのである。

しかし、右のほ脱額は、国税庁の調査によつて計算上出て来た金額であるので、右金額についてのほ脱の犯意については敢えて争わなかつたものである。

そして、被告人山中信男は、実際の所得額が二億円近くもあつたということについて、信ずることが出来ないまま、原審判決の言渡しを受けたものである。

二 しかし、同被告人は、どうしても納得が行かないので、公認会計士を依頼し、徹底的に当時の経理担当者遠藤新一を調べたところ、相当の金額を横領されている疑いを持つた。

そこで、原審における本件担当の検察官に遠藤を告発し、東京地検特捜部で捜査した結果、遠藤は実に二億一千万円余の金額を被告人会社の売上金の中から横領していた事実が明らかとなり、昭和五〇年一二月二月二六日遠藤は、総計二一八、五四八、〇〇〇円の業務上横領及び詐欺で起訴され、現在、御庁で審理中である。

同人に対する起訴状の内容は別紙のとおりである。

第二 右の遠藤新一が、被告人らがほ脱したとして起訴されている七千万円余の金額よりはるかに多い金額を横領していたという事実が、原審判決後に判明したことは本件脱税事件の被告人山中信男の犯意(ほ脱の意思)の内容(範囲)について重要な意味を持つものである。

一 被告入山中信男が、原審判決があるまで遠藤の二億円に上る横領の事実を知らなかつたということは、逆に言えば、同被告人は、右横領金について、会社に所得が発生しているという認識はなかつたことが明らかである。

何故なら、遠藤が申告書を提出した昭和四八年一〇月頃(実行行為時)に、会社の所得が二億円もあつたことをほぼ正確に認識していたとすれば、その直後、遠藤が二億円余を横領したことに気付かない筈はない。

逆に言えば、遠藤は、社長(山中信男)が、会社の所得が二億円もあることについて認識がないことを知つていたからこそ、右金額について業務上横領の犯行が可能だつたのである。

遠藤は、社長が会社の所得金額が、これ程多いことを知らないことを奇貨として前記犯行に及んだものである。

遠藤は、当時、被告人三和開発株式会社の経理を一手に掌握していたものである 本件公訴事実第二記載の法人税申告書は、同人が記入して所轄税務署に提出したものである。

従つて、遠藤は、自分では会社に二億円余の所得があつたことを知つていたことは間違いない。

そして、同人はそのことを社長が知らないことを利用し、法人税のほ脱金額をはるかに超える金額を横領し、情を知らない社長の方が法人税法違反として重罰を受けるのは何んとしても不合理である。

二 ほ脱金額に対し、ほ脱犯の犯意をどの範囲で認めるかについて議論があることは周知のとおりである。

法人の代表者は、帳簿や伝票の数字をいちいち見ているわけではないから、会社の所得金額について正確な数字を知らないのが通例であろう。

その意味で、「代表者に正確な所得金額の認識はなくても概括的故意があれば足りる」と説かれるのは理解出来る。

しかし、ほ脱犯の処罰は、刑罰である以上、刑法の責任原理はあくまで貫かれなければならない。

ほ脱犯の故意は、納税義務の認識を前提としている。認識した納税義務に敢えて違反しようとする非難可能性に対する判断が、ほ税犯に対する刑罰である。だとすれば、同じ一千万円の所得を申告した犯人でも、二千万円の納税義務を認識したか、一億円の納税義務を認識していたかによつて、犯人に対する非難可能性は全く異る。

だから、判例でも、たとえば、知らない間に相続が発生していた場合のように、ほ脱額のうち、秘匿しようとする意思があつたとはとうてい認められないような部分についてはほ脱犯の成立を否定しているのである(横浜地判・昭和三八・四・二六国税庁税務訴訟・資料四〇号三八一頁)。

学説でも、たとえば、板倉宏「租税犯における故意」(「判例タイムズ一九一号」一五頁)は、「脱税の認識は概括的認識でたりるから、個々の収益、損費についての個別的な認識や正確な所得額あるいは脱税額についての認識は必要でないが、行為者が何らかの事情によつて、客観的な所得額やほ脱額よりも少額を所得額やほ脱額であると認識していた場合には、その額についてのみ構成要件的故意をみとめるべきなのである」としている。

また、堀田力「租税ほ脱犯をめぐる諸問題」(法曹時報二二巻二号、四号、六号、一一号)でも、ほ脱犯の成立要件たる「不正の行為」の認識は、納税義務を認識した限度において成立するという観点から、ほぼ右と同様の結論を導びいている。

三 租税ほ脱犯におけるほ脱金額は、罰金の上限を画するという意味において、極めて重要な意味を持つ。

また、租税ほ脱犯に対する量刑の統計を調査して見ると、ほ脱金額に対する一定割合の罰金が機械的に言渡されているように思える。

そうだとすると、被告人が、いくら位のほ脱額を認識していたかということは慎重に認定するべきである。

第三 原判決の量刑は明らかに不当である。

一 以上のような観点から、本件を考えて見ると、被告人山中信男には、少くとも遠藤新一に横領された額については、会社に所得があつたという認識がなかつたことは容易に推測できるところである。

原判決の量刑は、「被告人山中信男には正確な数字の認識はなかつたにしても、ほぼ起訴状記載の金額程度の所得はあつたことを認識していたのであろう」という判断を前提としていることは明らかである。

二 しかし、右の判断の前提が間違つていることが明らかになつた以上、原判決の量刑は変更されるべきものと信ずる。

弁護人としては、被告人山中信男が認識していなかつた所得金額を正確に算出して、右金額についての故意(あるいは不正行為によるほ脱意思)を否認したいところであるが、会社の帳簿があまりに完備していないために、敢えて金額を特定して、故意を否認することを断念し、量刑の事情として主張するものである。

三 蛇足ながら付言したい。

前記遠藤新一の横領額の大きさと、本件のほ脱額とを正確に比較されたい。

そして、三和開発株式会社の所得申告は、昭和四五年度からであり、遠藤に横領されるまでの間、真実、如何程の所得があつたかについても原審弁論要旨第一に述べたところを参照されたい。

ほ脱金額の認識の範囲が、若干くい違つていたという程度のものではないことを理解されるならば、原判決の量刑は変更されるべきものと信ずる次第である。 以上

起訴状(勾留中)

左記被告事件につき公訴を提起する。

昭和五〇年一二月二六日

東京地方検察庁

検察官検事

東京地方裁判所 御中

本籍 北海道旭川市神居町台場一〇番地の一八

住居 東京都北区志茂三丁目三番一六号

職業 無職

業務上横領、詐欺

遠藤新一

昭和二二年九月一九日生

公訴事実

被告人は、昭和四八年五月一八日ころから東京都豊島区東池袋一丁目一一番四号所在の土地の造成及び分譲販売等を営業目的とする三和開発株式会社に経理係(のち経理課主任、つづいて経理課長)として勤務し、金銭の出納、保管等に関する業務に従事していたものであるが、

第一、一 昭和四八年一二月三日ころから同五〇年七月二八日ころまでの間、別紙一覧表(一)記載のとおり、前後一四一回にわたり、同社営業部員大島充らが同社の顧客倉賀野恵ほか一一六名から集金してきた同社の分譲地販売代金合計一八六、一〇六、〇〇〇円

二 昭和四八年五月から同四九年七月までの間、別紙一覧表(二)記載のとおり、前後一五回にわたり、同社の従業員らに対する給与支給に際し、正規の給与総額が合計一八六、〇〇四、七九八円であるのにこれを合計二一八、四五六、一九九円として算出したうえ、その差額のうち合計三二、四四二、〇〇〇円の総計二一八、五四八、〇〇〇円を同社のため業務上預り保管中、それぞれそのころ同社において、ほしいままに着服して横領し

第二 知人根岸峻次の名義を用いて三和開発株式会社所有の分譲地を騙取しようと企て

一 昭和四八年一二月二一日ころ同社において、同社営業課長奥秋昭(当四三年)に対し、真実は同社所有の茨域県結域市大字北南茂呂字中橋一、七九六番の三山林一〇一・八四平方米存び私道部分約一一九・六四平方米(価格約二、九五〇、〇〇〇円相当)につき右根岸が買受ける意思を表示した事実もなく、自已が正当に代金を支払つて購入する意思もないのに、「一九期の分譲地を買いたいというお客さんがいるから紹介してやる」旨虚構の事実を申し向けて右奥秋をその旨誤信させ、同人をして同社が右根岸に対し右土地を価格二、九五〇、〇〇〇円で販売する旨の売買契約書を作成させ、次いで右販売代金が昭和四九年一月二一日までに入金されたかのごとく営業原票等に虚偽の事実を記入したうえ、同社の登記事務担当の前島晴久に対し、これらの書類を提示して右販売代金が全額入金されたもののように申し向け、同人をしてその旨誤信させ、同年二月六日同市結域一、七四五番地の一水戸地方法務局結域出張所において、右土地の所有権が売買により三和開発株式会社から根岸峻次に移転した旨の所有権移転登記を

二 昭和四八年一二月二五日ころ同社において、前記奥秋昭に対し、真実は同社所有の茨域県結域市大字北南茂呂字中橋一、七九六番の四山林約九二・六五平方米及び私道部分約一六・四九平方米(価格約二、六四〇、〇〇〇円相当)につき右根岸が買受ける意思を表示した事実もなく、自己が正当に代金を支払つて購入する意思もないのに「根岸の兄弟の一人がもう一区画ほしがつているから紹介してやる」旨虚構の事実を申し向けて右奥秋をその旨誤信させ、同人をして同社が右根岸に対し右土地を販売する旨の売買契約を作成させ、次いで、右販売代金が昭和四九年一月二五日までに全額入金されたかのごとく営業原票等に虚偽の事実を記入したうえ、前記前島晴久に対し、これらの書類を提示して右販売代金が全額入金されたもののように申し向け、同人をしてその旨誤信させ、同年二月六日前記水戸地方法務局結域出張所において右土地の所有権が売買により三和開発株式会社から根岸峻次に移転した旨の所有権移転登記をさせ

もつてそれぞれ前記各不動産を騙取し

たものである。

罰条

第一刑法 第二五三条

第二同法 第二四六条第一項

別紙(一)

〈省略〉

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別紙(二)

〈省略〉

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〈省略〉

○ 昭和五〇年(う)第二四九五号

控訴趣意書補充書

被告人 三和開発株式会社

同 山中信男

右両名に対する法人税法違反等被告事件について、弁護人提出の昭和五一年一月一二日付控訴趣意書を次のとおり補充する。

昭和五二年一月二一日

右被告人両名弁護人

弁護士 犀川季久

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

第一、遠藤新一に対する業務上横領事件についての判決

一、前記控訴趣意書第一記載の遠藤新一に対する業務上横領、詐欺被告事件について、昭和五一年五月三一日東京地方裁判所(第三刑事部)において、遠藤新一を懲役三年の実刑に処する旨の判決言渡があつた。

二、遠藤新一は、右判決を不服として控訴したが、同年一一月二九日東京高等裁判所(第三刑事部)において控訴棄却の判決言渡があつた。

遠藤新一は、右判決に対して上告し、現在上告審に継続中である。

三、右判決の内容は、当審において検察官が証拠として提出した判決謄本のとおりである。

即ち、遠藤新一は、-

(一) 昭和四八年一二月三日ごろから同五〇年七月二八日ころまでの間に、前後一三九回にわたり、分譲地販売代金合計金一八一、九二六、〇〇〇円を横領し、

(二) 昭和四八年五月から同四九年七月までの間、前後一五回にわたり、従業員給与を水増計上して差額金三二、四四二、〇〇〇円を横領し、

(三) 昭和四八年一二月頃、二回にわたつて、三和開発株式会社所有の分譲地二筆(合計金五、五九〇、〇〇〇円相当)を騙取したものである。

第二、本件第一審判決当時、被告人山中信男が遠藤の右の横領に気付いておらず、判決後に右事実が判明したことは本件被告人の脱税の犯意についてどの様な意味を持つのか考える。

一、前記各判決によると、遠藤が会社の金を横領し始めたのは、本件被告人のほ脱犯の実行行為時(昭和四八年一〇月三一日確定申告書提出時)の数カ月前からであつて、主として右実行行為時以後に連続的にかつ大規模な横領の犯行が行われていることが判る。

二、本件ほ脱犯の被告人等に対する量刑にとつて重要な意味を持つのは、言うまでもなく、被告人山中信男が右ほ脱犯の実行行為時(昭和四八年一〇月三一日)に会社に如何程の所得が発生していると認識していたか、である。

確かに、右実行時には、まだ会社資産は横領されていないのであるから、被告人山中信男が詳細に調査をしていれば、正確な所得を認識しえたのであろう。

従つて、弁護人も、被告人山中信男は、昭和四八年度(昭和四七年九月一日より昭和四八年八月三一日)の所得が遠藤に横領されていたので、同年度の正確な所得を認識しえなかつたのだ、と主張するものではない。

三、しかし、被告人山中信男が、遠藤が昭和四八年度の申告書を提出した直後から約一年間にわたつて、ほ脱金額をはるかに上まわる金額を横領していたことに、本件第一審判決(昭和五〇年一〇月二四日言渡)があるまで気付いていなかつたということは、同被告人が昭和四八年度の申告書提出当時、実際の所得金額金一八九、八六三、九六六円の多額に上まわるとは認識していなかつたことを明確に推測せしめるものである。

何故なら、若し同被告人が、右所得を認識していたら、申告書提出直後、遠藤が二億円も横領したことに気付かない筈はないからである。

通常の会社では、全く起りえないような前記各判決認定の横領の犯行が何故可能だつたのか。

それは経理課長遠藤新一が、会社経理一切を掌握しており他の社員は全く経理にタッチせず、社長であある本件被告人山中信男が会社の実際の所得について認識のないことを知つていたからである(当時、同被告人は営業の第一線で土地売買の交渉に常時、現地を回つていた)。

遠藤は、右のことを奇貨として、昭和四八年度の所得を正確に知つていたにも拘らず、これを社長に報告せず、故意に過少申告し、あたかも会社にそれ程利益がでていないかの如くに被告人山中信男社長をして信ぜしめ、自己の横領の犯行が実行し易いように工作したものである。

第三、被告人三和開発株式会社は、原判決が認定した昭和四七年度と昭和四八年度の法人税については、既に修正申告額、重加算税を含めて担保提供し、国税庁に対して分割支払いの約束をして、被告人会社振出の手形を交付したことは、原審弁論要旨第四において詳述したところであるが、その後、被告人会社では最近の不況のため業績が極めて苦しいにも拘らず、会社利益を文字どうり、その全部を税金の支払いにあてて、何度かあつた倒産の危機を乗り越え、完全に支払いを完了したものである。

一、被告人三和開発株式会社は、本件審理の対象となつている昭和四七年度、昭和四八年度の修正申告完了後、国税庁よりまず昭和四九年度以降の法人税から支払うように言われ、昭和四九度年以降の分から支払つていたので、本控訴趣意補充書提出日の時点では、昭和四七年度、昭和四八年度の分については次のとおり未払分が残つている。

(一) 法人税(本税、重加算税)

(1) 昭和四七年度 金二、八二五、一〇〇円

(2) 昭和四八年度 金九、四八六、一〇〇円

(以上合計金一二、三一一、二〇〇円)

(地方税、本税は支払済)

(二) 延滞金

(1) 法人税延滞金 金一四、一五〇、六〇〇円

(2) 地方税延滞金 金六、七四〇、三〇〇円

(以上合計金二〇、八九〇、九〇〇円)

二、弁護人は、本件刑事事件の事情を説明して、国税庁と接渉し、昭和五二年一月、二月、三月の各末日に支払予定の金額(一月五〇〇万円、二月一、〇〇〇万円、三月一、〇〇〇万円の各約束手形交付済)については、前項の昭和四七年度、昭和四八年度の未払金、延滞金に充当する旨の了解をえた。

そこで、被告人会社では、前項の未払金額を延滞金を含めて全額三月末日までに完済する予定である。

三、ついては、弁護人は、本件刑事事件の判決を四月一日以降にされるよう特に上申するものである。

(次回公判期日二月二日午前一〇時に一応審理を終結される場合には、判決日までに国税庁の領収書と昭和四七年度、同四八年度の納税証明書を提出する。)

四、この上更に、被告人会社に一千五百万円の罰金を科することは刑事政策上も全く不必要であり、余りに苛酷である。

よつて、原判決の量刑は変更されるべきであると信ずる。

以上

○ 昭和五〇年(う)第二四九五号

控訴趣意書補充書(第二回)

被告人 三和開発株式会社

同 山中信男

右両名に対する法人税法違反被告事件について、弁護人提出の昭和五二年一月二一日付控訴趣意書補充書(第一回)に引続き、更に次のとおり控訴趣意を補充する。

昭和五二年四月四日

右被告人両名弁護人

弁護士 犀川季久

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

一、昭和五二年一月二一日付控訴趣意書補充書(第一回)の「第三、」において述べたとおり、右同日現在では、本件刑事被告事件で問題となつている昭和四七年度と昭和四八年度については重加税と延滞金について未払分が残つていたのであるが、被告人山中信男の強い希望によつて、同年三月末日までに右未払額の全額を完納したので、領収書、納税証明書を提出する。

尚、補充書(第一回)では、法人税(本税、重加算税)の未払分として記載したが、検察官提出の国税庁からの回答書によつて明らかなように、未払分として残つているのは、重加算税の一部のみであつて、法人税本税は既に完納している。この点、右補充書の記載を訂正する。

二、また、既に主張したように、国税庁は、まず昭和四九年度以降の税金から優先的に取立て、そのため昭和四七年度と昭和四八年度の修正申告額の納税が遅れたのであるから、弁護人は、国税庁に対し、「延滞金については免除してもらえまいか」と懇請したが、結局聞き入れてもらえず、本日までの延滞金全額を支払い更に地方税の延滞金についても全額完納したものである。

三、被告人会社としては、原判決以後、今日まで文字どうり法人税、地方税、重加算税、延滞金の支払いのために事業活動を行つて来たものであり、極めて無理な資金繰りをして、ようやくぎりぎり本件控訴審判決直前までに支払いを完了したものである。(修正申告額の支払は当然であるとも言えるであろうが、遠藤の業務上横領のあと、会社資産としては殆んどなかつたのであつて、右の支払いが如何に苦しいものであつたかを理解されたい)。

本件ほ脱事件の性格については、原審弁論要旨で述べたとおりであるので繰り返さないが、原判決後判明した経理課長遠藤の業務上横領事件や被告人会社及び被告人山中信男が、必死になつてほ脱年度の税金の支払いを完了したこと等を考慮され、是非とも原判決を変更されるよう再度上申する次第です。

納税証明書(その1)

昭和52年4月-4

東京国税局長 殿

東京都豊島区東池袋1丁目11番4号

住所(所在地)

三和開発株式会社

氏名(名称) 代表取締役 山中信男

〈省略〉

上記の目的に使用するため法人税について下記事項の証明を請求します。

〈省略〉

東局徴特証 第7号

上記のとおり相違ないことを証明する。

昭和52年4月-4日

東京都国税局長

大蔵事務官 磯辺律男

納税証明書(その1)

昭和52年4月4日

東京国税局長 殿

東京都豊島区東池袋1丁目11番4号

住所(所在地)

三和開発株式会

氏名(名称)

代表取締役 山中信男

〈省略〉

上記の目的に使用するため法人税について下記事項の証明を請求します。

〈省略〉

東局徴特証第8号

上記のとおり相違ないことを証明する

昭和52年4月-4日

東京国税局長

大蔵事務官 磯辺律男

納税証明書(その1)

昭和52年4月-4日

東京国税局長 殿

東京都豊島区東池袋1丁目11番4号

住所(所在地)

三和開発株式会社

氏名(名称)

代表取締役 山中信男

〈省略〉

上記の目的に使用するため法人税について下記事項の証明を請求します。

〈省略〉

東局徴特証 第9号

上記のとおり相違ないことを証明する

昭和52年4月-4日

東京国税局長

大蔵事務官 磯辺律男

〈省略〉

51豊税管証014976

公簿により、上記のとおり相違ないことを証明する。

昭和52年3月17日

東京都豊島都税事務所長

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